【激動】南場智子の夫の死、起業以前の壮絶人生に息をのんだ….


(引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki)

株式会社DeNAを経営している女社長、

南場智子の夫についてですが、

すでに亡くなられているそうです。

そんな南場智子の夫はどんな人物だったのか、

また南場智子の面白すぎる半生についても、

いろいろ詳しくまとめてみました・・・

プロフィール


(引用元:http://wol.nikkeibp.co.jp/article/trend/20110526)

出身:新潟県新潟市

誕生日:1962/4/21

職業:実業家

最終学歴:ハーバード大学大学院修了

団体:株式会社DeNA

過去の受賞:ウーマン・オブ・ザ・イヤー

(引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/)

南場智子の夫は元USEN代表取締役だった….

株式会社ディー・エヌ・エーの代表取締役で、

プロ野球の横浜ベイスターズのオーナーも務める南場智子。


(引用元:https://codezine.jp/article/detail/9008)

そんな南場智子は1991年に結婚していました。

この時はおそらく南場がマッキンゼーに勤めていた時ですね。

お相手はマッキンゼーの同僚で元USEN代表取締役の紺屋勝成さんです。


(引用元:http://kigyoka.com/news/magazine/)

この紺屋さんは1990年の後半には、

複数のIT企業で役員を務めるほどの凄腕だったそうです。

2016年に亡くなってしまいましたが、死因はがんでした。

ガンが発覚したのは2011年で、

医者からそのことについて知らされると、

妻である南場智子は夫の治療に専念するために社長を退任。

ガン治療に良い食事を自分で作ったり、

夫が手術する病院の部屋にはウェブカメラを何台かおいて、

夫が手術中に愛犬の「さくら」を見れるように施したりしたらしいです。

しかし紺屋さんは2016年12月に53歳で亡くなりました。

 ディー・エヌ・エー(DeNA)の南場智子会長の夫で、元USEN取締役の紺屋勝成氏が12月5日に53歳で死去した。病気療養中だったという。葬儀は近親者のみで行い、後日、お別れの会を開く。

南場氏は2011年、「家族の看病を優先するため」とDeNA社長を退任。紺屋氏ががんの告知を受けていたという。2年間看病し、13年に現場復帰していた。

(引用元:http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1612/07)

2017年にディー・エヌ・エーが運営する

キュレーションサイトである「WELQ」が問題になりましたね。

このWELQに掲載されている記事の内容は主に医学・医療。

ディー・エヌ・エーが医学・医療に力を入れているのは、

この南場智子の夫の死があったからではないかと言われています。


(https://highfivecreate.com/blog)

結局WELQはなくなってしまいましたが、

これからも医学・医療の発展に貢献してほしいですね。

南場智子の人生がかっこよすぎる…

そんな南場智子の人生はすごく面白くてかっこいいです。

まさに社長になるべくしてなったというような経歴です。

まず石油卸売業の経営者であった父親の指定で、

大学は津田塾大学に入学します。

そして大学での成績がよすぎて、

4年次に一番成績のいい生徒に支給される奨学金で、

アメリカにある名門・ブリンマー大学に1年間留学します。


(引用元:https://www.newsweekjapan.jp/)

そして大学卒業後はアメリカに本社を持つ大手コンサル会社、

マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパンに入社します。

当時男女雇用機会均等法の施工前で、

女性が男性に比べてあまり働かせてもらえなかった時代の中で、

マッキンゼーでは男女関係なくバリバリ働かせてもらえるということを

マッキンゼーに勤めていた先輩に聞いて、この会社を受けようと決めたらしいです。

当時のマッキンゼーの倍率は約300-400人に4人受かるくらいだったらしいです。

南場智子は当時について、

自分は面接が得意で、特に賢いフリをするのが得意だと語っています。

そしてマッキンゼーに難なく入社するも、

入社後はデキる同期にどんどん置いていかれてしまったらしいです。


(引用元:https://jobkul.com/magazine/column)

そこで仕事が辛くてどうしても耐えきれなくなった南場智子は、

ハーバードの大学院に2年間行くことに。

MBAを取るという大義名分のためにマッキンゼーを退職します。

そしてMBA取得後は日本に戻りたいという気持ちもあり、

辛い思い出ばかりだったマッキンゼーに再入社。

しかし戻った途端にまた当時の辛い気持ちを思い出し、

ついには転職活動を始めたそうです。

しかしそのことを知った上司が転職をさせないように

南場智子に特大プロジェクトをアサイン。

南場智子はそのプロジェクトを見事に成功させ、

その後マッキンゼーで大活躍し、

最終的に34歳でマッキンゼー日本支社の役員に抜擢されます。


(引用元:http://www.iza.ne.jp/kiji/economy/photos/)

そしてマッキンゼーの役員を勤めていた時に、

急に「起業したい」という気持ちが湧いてきたそうです。

それは自分はアドバイザーとしてではなく「doer(実行者)」になりたい、

という気持ちが働いたそうです。

起業したいと言った時は周囲は大反対で、

賛成してくれる人はゼロだったそうです。

そして1999年にマッキンゼーを退社しDeNAを設立。

スマホゲームなどで成功を納め、

現在では東証一部の企業にまで成長しましたね。


(引用元:http://www.sankei.com/premium/photos)

ただそんな南場智子でさえも

やはり起業したばかりのころは

起業したことを後悔するほど辛かったそうですね。

事業を大きく成功させることは並大抵のことではないですね。

そんな南場智子でした!

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