【激動】原晋監督の嫁・美穂さんとの壮絶人生….青学は本当に弱かった….


(http://www.golfdigest-minna.jp/_ct/17127487)

青山学院を箱根駅伝3連覇に導いた

原晋監督の人生が壮絶すぎて驚いています…

一体どんな人生を歩んで来たのか。

そのキーマンともなる嫁・美穂さんについても触れて見ましょう!

プロフィール


(http://www.hochi.co.jp/entertainment/20170827-OHT1T50109.html)

出身:広島県三原市糸崎町

誕生日:1967/3/8

職業:青山学院大学陸上部長距離ブロック監督

出身高校:世羅高校

出身大学:中京大学

以前の勤め先:中国電力

過去の戦績:日本インカレ5000m 3位

(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E6%99%8B)

原晋監督の人生が壮絶だった….

原晋監督といえばいつも明るい監督で、

他の大学駅伝の監督とは違って陽気なイメージがありますが、

その裏には壮絶な過去もあるのです。

原晋は広島県の駅伝強豪校である世羅高校の出身で、

高校時代は陸上部で主将をつとめ、

チームを全国高校駅伝2位に導きました。

そしてその後中京大学に進み

4年間で箱根駅伝への出場はなかったものの

日本インカレ5000mで3位の成績を残しました。

その後中国電力へと進み、

1993年時に主将として全日本実業団駅伝への

初出場に貢献しますが、怪我で低迷。

1995年には故障が良くならず、

27歳という若さで選手を引退して営業部へ異動しました。


(http://marasontanosimu.net/2017/02/18/)

そしてここで素晴らしい実績を残します。

なんと蓄熱式空調システムである「エコアイス」という

1台1000万円もするエアコンのようなものを車内で一番売りあげ、

さらには新規事業の立ち上げもしました。

当時原晋は自分のことを「伝説の営業マン」と呼んでいました。

1つ実例を出すと、

原晋はとある小学校に行ってそこの先生と会い、

「これは子供達のエアコンの勉強になるんです」

と行ってこの空調システムを売っていたようです。

当時から喋るのがすごい上手かったんですね!

原晋は約10年間、

中国電力にてサラリーマン生活を経験しますが、

ある日母校である世羅高校の関係者から

「青学の駅伝監督にならないか?」と誘われます。

そして安定した生活を捨てて、買ったばかりの家も捨てて、

原晋は嫁と2人で青学の駅伝部の寮へ移り住むのです…

嫁・美穂さんとの二人三脚の日々…

当然いきなり駅伝部の監督になるという夫に対して、

嫁である美穂さんも猛反対をします。

美穂さんと原晋は1995年に結婚をしています。

「一度決めたら聞かないから」

と、渋々、夫である原晋の青学駅伝監督就任にOKを出し、

寮母という形で夫と青学駅伝部を支えることになりました。


(http://www.tamatebakonet.jp/interview/detail/id=2020)

原晋が青学の駅伝監督に就任したばかりの頃は、

中国電力の営業時代ほど上手くはいきませんでした。

中高大と陸上をやっていたとはいえ、

指導者の経験は全くのゼロ。

闇雲にきついメニューばかりを選手たちに与え、

選手たちの多くが「耐えられない」と辞めて行きました。

ある日の箱根駅伝の予選会で、

惨敗をしてしまった駅伝部のメンバーに対して

原晋監督が寮の会議室で謝っていたところ、

寮母である嫁の美穂さんが飛び出してきて、

「謝らなくていいわよ!負けたのは弱いからでしょ。」

と語気を強めて選手たちに向けて言いました。

そんな出来事も経て、

原晋は「10年かけてチームを強くする」ことに決めました。

チームは急には強くはならない。

10年間かけてまずは強いチームの土壌から作り始めることにしたのです。

もともと原晋が青学の駅伝部に就任する時の約束は、

「箱根駅伝に3年で出場、5年でシード権、10年で優勝争い」

という厳しいものでした。

3年目の予選会で惨敗を喫し、大学幹部から監督を辞めるよう詰められますが、

なんとかその場を乗り切り、

就任6年目にして箱根駅伝に出場。

8年目には8位でシード権を獲得。

10年目には大会新記録となる総合優勝を果たしました。


(http://12man.jp/6071)

ここまでの大躍進には、

妻である美穂さんの活躍も計り知れません。

選手たちは寮母である美穂さんを母のように慕い、尊敬しています。

美穂さんはいつも早朝に目覚め、

選手全員分の朝ごはんを用意。

同様に夜ご飯も用意します。

原晋監督も妻のサポートには大変感謝しているそうです。

箱根駅伝3連覇するまでに青学を成長させるなんてすごいですね!

ちなみにお2人の間に子供はいないそうです。

たとえ子供がいたとしても、

原晋はサラリーマンを辞めて青学の駅伝監督になっていたでしょうね!

そんな原晋監督と妻の美穂さんでした〜!

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